見学あれこれ ~ しなやかかつ強い心で ~ (第3回 1/24更新)

2023-01-24

(五十六さんは、どんな人だったのだろう?)を辿(たど)る

明治~大正~昭和と、 ”激動の世紀をしなやかかつ強い心で生きた”  山本五十六』が皆様に伝わりますよう、こちらのページで少しずつ紹介していきたいと思います。お楽しみいただければ幸いです。

■第3回(2023/01/24記

第3回は、高野家と長岡藩のルーツについて紹介します。展示室の「年譜」の隣りには『高野五十六の誕生』のコーナーがあります。壁面には「高野家系図」が掲示されていて系図の最上段を見ると・・・  三河に出生 真田伊豆守家中:宇津七郎左衛門   弟の 高野七郎左衛門 が、慶安元年(1648)に牧野家に召し出され、初代長岡藩主 牧野忠成 に仕えた ことが分かります。長岡藩士族 高野家 の始まりです!

なお、長岡藩祖の牧野忠成” は天正9年(1581)三河国牛久保(現在の愛知県豊川市)に生まれました。徳川家康・秀忠に厚遇された忠成の ”忠” の一字は、徳川秀忠の一字を授けられたものです。慶長5年(1600)の関ケ原の戦いでは徳川秀忠に付き出征、慶長19年(1614)の大阪冬の陣・翌年(1615)の大阪夏の陣に参戦し武功を挙げました。そして元和4年(1618)、忠成は長岡藩主(在任期間1618~1655年)となりました。

牧野忠成が長岡藩祖となってから十二代 忠訓まで 長岡藩 牧野家 は続き、長岡藩士族 高野家 は儒学者の家柄として藩主に代々仕えていきます。

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ここで(ふ~ん、儒学者の家系? どんな仕事をしてたの?)と興味を持った方がいらっしゃるかもしれませんが、この続きは次回ご紹介いたします。それでは次の機会をこうご期待。

  • 戦国武将 長岡藩初代藩主 ”牧野忠成” の特集はコチラ(長岡市ホームページ)
  • 長岡藩主の資料館「長岡藩主 牧野家資料館」コチラ(公式ホームページ)
  • 長岡の歴史を紹介している「長岡市郷土資料館」コチラ(長岡市ホームページ)

■第2回(2023/01/11記

新年を迎え、皆様どのような毎日をお過ごしでしょうか。よい一年となりますよう、関係者・スタッフ一同ご祈念しております。本年もどうぞ宜しくお願いいたします。

第2回は、五十六さんの誕生について紹介いたしましょう。正面壁面ガラス内の”肖像画”と”直筆書簡”の展示を見学後、壁面裏側に移動すると「年譜」が掛けられております。 ”山本五十六のあゆみ~西暦/年号~日本と世界の動き” が簡単にざっくりと、パネルで紹介しています。(五十六さんの年齢は記載されておりませんので頭の体操がてら、生まれた年・西暦1884年を基準に ”暗算” で、年齢を算出してみましょう

幕末・戊辰戦争後に元号は「慶応」から「明治」へ変わり、明治17年(1884)4月4日、五十六さんは高野貞吉(タカノサダヨシ)の六男として生まれました。高野家は三河武士を遠祖とし、江戸時代の長岡藩で儒学者として地歩を固めました。祖父・父 ・兄2人は戊辰戦争に参戦、祖父は戦死・高野家も全焼し、戦後再建された木羽葺の小さな家が、五十六さんの生家でした。当館では「玉蔵院町(坂之上町三)の生家」写真パネルで展示しております。生家・高野家は昭和20年(1945)8月1日の長岡空襲で焼失した後、山本記念公園昭和33年竣工)内に復元され、今に伝わっております。

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ここで(ん、三河武士…?長岡藩…? どういう繋がりが??)と思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、この続きは次回ご紹介いたします。それでは次の機会をこうご期待。

  • お出掛け情報1 長岡の歴史を紹介している「長岡市郷土資料館」コチラ(長岡市ホームページ)
  • お出掛け情報2 長岡藩主の資料館「長岡藩主 牧野家資料館」コチラ(公式ホームページ)
  • お出掛け情報2-1 牧野家資料館別階フロアの「長岡市立科学博物館」コチラ(公式ホームページ)
  • お出掛け情報3 越後長岡藩 幕末ミュージアム「河井継之助記念館」コチラ(公式ホームページ)
  • お出掛け情報4 長岡空襲(昭和20年8月1日)を語り継ぐ「長岡戦災資料館」コチラ(長岡市ホームページ)
  • お出掛け情報5 山本記念公園についてはコチラ(新潟観光ナビ 公式ホームページ)

■第1回(2022/12/23記)

まず、入館受付をすませた先 正面 壁面ガラスの内には「山本五十六肖像画」が掛けられております。この絵は五十六さんが亡くなった後に描かれたもので、山本五十六記念館展示図録(館内受付で販売中)の表紙にも使われております。

そして、肖像画の下部には、五十六さんが長岡中学校生徒時代に兄 高野季八に宛てて書いた直筆書簡を展示しています。明治32年8月14日付の書簡で、友人達と旅をしたエピソードが書かれています。達筆で的確な表現に圧倒される書簡です。柏崎北条田尻番神米山登山~鉢崎荒浜椎谷尼瀬出雲崎市街~ ・・・ 新潟県中越地方に馴染みのある地名が書かれています。

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ここで(ん、兄 高野季八…タカノ?山本五十六…? 名字が違うナゼ??)と思われた方がいらっしゃるかもしれませんが、五十六さんの誕生については次回ご紹介いたします。それでは次の機会をこうご期待

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